日記 猫の足音

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2004年07月16日

遭遇

10歳くらいの時のこと。

冬の夜、祖母と手をつなぎ歩いていた。
祖母の家からすぐの角を1つ曲がったいつもの道。
そこで私は息を呑んだ。
向こうから大きな黒っぽいものが、
のしのしと歩いてくるのが見えたからだ。
外灯に照らされたその黒っぽい生き物は、
首もとに白い三日月がある。
…ツキノワグマ!

ん?ちょっと待てよ…ここは東京世田谷。
近所に山もなければ、動物園もない住宅街。
なぜここに ?!
私たちの他には周りに人影は無く、
1本道に祖母と私とツキノワグマだけだった。

学校で国語の教科書に
ツキノワグマが出てきたばかりだった。
マタギの話だったと思う。
立ち上がったツキノワグマの挿絵が描かれていた。
首には三日月型の白い斑紋。
私はすぐにその熊の名を覚えた。

熊はぬいぐるみとは違って、
力が強くて大きな爪や牙がある。
襲われると大変だということくらいは知っていた。
「熊にあったら死んだふりをする」のだ。
「でも、死んだふりをしても危ないらしいよ」
なんていう話も聞いたことがあった。
じゃあ、どうすればいい?
一目散に逃げようか?
でも早く走れるだろうか?
犬は逃げると追いかけてくるけれど、熊は?
小さい脳みそで私はぐるぐると猛スピードで考えた。
祖母の顔を見たが、どうやら気付いていない。
ここで熊のことを伝えたら、
驚いて腰を抜かしてしまうかもしれない。
とにかく考えなければ…。

そうだ、知らん顔をしよう。
騒いだらきっと襲われるから、黙っていよう。

そんなことをあれこれ考えているうちに、
ツキノワグマはずいぶん近くまで来た。
祖母と私は道の左側を歩いている。
私との距離はもう1.5メートルぐらいだろうか。
私はドキドキしながらつないだ手をぎゅっと握って、
ツキノワグマとすれ違った。

幸いツキノワグマの方も知らん顔をして、
のしっのしっと地面を踏みしめ通り過ぎた。
あー良かった。
私はそうっと振り返った。
ツキノワグマはT字路の突き当たりにさしかかり、
何の迷いもなく左へ曲がって行った。
駅の方へ…。

安心した私は、早速祖母に報告した。
「今、ツキノワグマが居たよ。あっちに曲がって行った」
祖母はちっとも驚かず、
「そーお?」とだけ軽く答えた。
全く驚きもせず、確かめに行く気配すらない。
信じてもらえなかったのだ。
もっと早く言えば良かった。

私はしばらく黙って歩きながら、
ツキノワグマが今頃どこを歩いているのか考えた。

投稿者 mamiko : 00:38